2008年10月アーカイブ
10/31。
早いもので今年も残り2ヶ月となりました。
年々年を重ねるスピードが速くなっているような気が致します。
しかし、毎日毎日色んな出来事が起こります。
考えもよらぬことが起きたりもします。
今朝、洛中木鶏クラブのメンバーが病に戦っていることを知りました。
つい半年前はあんなに元気に参加されていたのに・・・・
美容室のオーナーさん。
いつもスタッフを沢山連れて参加されていた。
人情の厚い、面倒見の良い兄さんのような方です。
心温まる美容室をされている。
スタッフの方も、心が純粋なとても素敵な方ばかりである。
そんな彼になぜこんなことが起きるのか!!
「起きる出来事全ては必然である」
このことが本当ならば、なぜこんなに苦しい試練を与えられるのだろう・・・
胸が張り裂けられそうな気持ちで一杯です。
すごい過酷な試練。
私には耐えられないと思う。
それだけに頭が下がる思いです・・・
私にはただただ祈ることしか出来ません。
京都での社内木鶏大会の参加を楽しみにしていることを聞き、
涙がとまらない。
どうか、元気になって参加してほしい。
どうか、
お願いします。
タイに行ってるUSさんからの報告。
「ピーチ(タイのマネージャー)はどうもさぼり癖があるみたい。」と
相談のスカイプ。
話を聞くと、一度言ったこと、なかなか守れない。
これは彼だけではなく、タイ人スタッフ全般にそういった癖があるのかな。
時間守らない。
言ったこと忘れる。
たまに忘れたふり。
都合悪くなると、言葉が通じません!!
エーさんからマネージャーが変わり、色んな新事実が浮彫の中、
よく頑張ってくれてます。
で、ピーチの話ですが、言ったことが全然できていない事で、
とうとうUSさんが本気で叱ったそうです。
そしたら次の日、ネクタイしてきた!!
ピーチの誠意だそうです。
これって深い意味があるんですね。
言葉がなかなか通じないから、身をもって反省したことでしょう。
笑ってはいけないことだとわかりつつ笑ってしまった。
そしたら次の日
5分遅刻!!
またまた本気でお叱り。
あくる日、30前に出社したそうです。
なんか、微笑ましく感じて、
改めてほほえみの国を実感。
奮闘中のUSさんには申し訳ないが
楽しく話を聞かせてもらった。
ありがとう。
また、次回の話まってます。
凄い日報に興奮してしまい、本日2度目の更新させていただきます。
OKの湯のY店長のコメントを紹介します。
原文
今日は老人会のお客様があり、8人の方にご利用いただきました。
マザーテレサの言葉に「たとえ不幸が99%でも最後の1%が幸福であれば
今までの不幸が幸福に変わる」
そんな言葉を思い出しました。
人生がんばってこられたお年寄りの方に幸せになって頂きたい。との思いを込めて
施術させていただきました。
高齢者の方に幸齢者になって頂きたい。
これからも続けていきます。
これはロハス祭のイベントの時にY店長が感じたコメントです。
この高齢者=幸齢者は看取りの家の柴田さんの言葉でもありました。
どんな方にも老いが来る。
今の世の中、孤独死が日常化しています。
年間3万人を超える自殺者のなかでも最も高い率で高齢者の方が命を断っています。
その割合はなんと60%とも言われています。
その多くは孤独からくる欝と喪失感です。
どうか、日本を支えてきていただいた高齢者の方に、本当の幸齢者なっていただくよう
私たちもお手伝いできたらと思っています。
Y店長のコメント、感動して涙が止まりませんでした。
Y店長!もうすぐ60歳ですか?
尊敬と敬意を送ります。
有難うございます。
これからも、スタッフを、そしてお客様を幸せにしていけるよう
頑張ってください。
昨日、とても不思議なことがありました。
東京に出張に出かけたときです。
乗った新幹線で隣に座った人が帰りも隣に座りました。
これって凄いでしょう~
確率でいったら万馬券並ですかね!!
これは偶然じゃないと思い、何かを感じ取ろうとしました。
隣に座った方は、年齢は45歳前後で、デザイナー風の方。
行きも帰りも熱心にデザインをされてました。
これにつられて私も手帳を開けて今後の構想を書き綴りました。
そしたら良い案がワンサカ出てきて、自分でもびっくり!!
年に数回あるかないか、繋がった!ような感覚で色々と良い案浮かびました。
隣に人に感謝。
こうやって、助けてもらえる事が本当に不思議。
また、今度も出会えるのでしょうか?
福知山Rの日報。
Kさんから、コメントをもらった。
その内容には、
お客様で苦手な方も来るが
それ以上に、素晴らしい方々に助けていただいて感謝している・・・・
とありました。
そして、
もっともっと成長していこうと。
あまりに素晴らしい内容に、短文ではあったが、何度も何度も読み返してしまった。
振り返ること半年前。
会社に対して書きなぐってあった日報を思い出した。
会社に対しての不信感や不満が彼女の中で爆発した日報だったと思う。
そして今。大切なものを手に入れられたのかなぁ~って思いました。
素晴らしいですね。
周りに感謝できる気持って、こんなにも影響力があるんですね。
温かさが滲み出ていた日報。
有難う。
ジーンとしてたら、Pオーツ店の日報。
滋賀は競合店舗が来月から次々とオープン。
皆の不安はあるが、ピンチをチャンスに変えて働き甲斐のある職場に
したい。
とY店長。
そして、Nさん。
一つの締めくくりとして、最後の3日間頑張る!!
とありました。
ゼロからに近いスタートを一緒になって頑張ってくれたY店長。
そして、長年務めてくれたNさん。
結婚もされましたね。
タイにも行きたいと以前お話ししたときのこと今でも覚えてます。
この二人とは今年でお別れです。
辞めていくことをいつしか卒業とT部長が言ってました。
本当にそう考えたら、この切なさは卒業なんだと感じています。
一つの時代を築いてくれたことに感謝しています。
本当にありがとう。
どうか最後の最後まで、働き甲斐のある職場づくりに力を注いで下さい。
ブログを書き続けてもうすぐ1年が経ちます。
「感激」をテーマに綴って来ましたが、強く念じることはとても大事なこと
だと改めて感じています。
そして、どれだけ本気でどれだけ継続して思い続けるか。
私は一人でも多くの方に、仕事を通じて生き甲斐を感じてほしいと願って来ました。
会議のたびに、何度も何度も繰り返し話し続けました。
皆、聞き飽きていたことだと思います。
こうして何度も何度も話しているうちに、素晴らしい方々と出会い
数多くの感激な出会いをさせていただきました。
このことは私にとっても貴重な財産です。
そして一番の財産は、働き甲斐を考えてくれる仲間が増えたことです。
こんな仲間と一生過ごせたらどれだけ幸せなことでしょう。
地位や名誉よりももっともっと手に入りにくいもの。
それは共鳴できる仲間が居るってことではないでしょうか。
「節操がない」とは・・・
自分を持っていない。意見をすぐ変えること。
「見識」とは・・・
物事に対する確かな考え。
「胆識」とは・・・
勇気をもってチャレンジすること。
「人間の大きさ」とは・・・
『節操』『見識』『胆識』の3つが備わることによって量られる。
どんな業種でもそうであるが、節操のない会社は必ず潰れるだろう。
私は、損得に関係なく、私利私欲を持たず、素直な目で全ての物事を見ていけるようになりたい。
喜びと愛情の連鎖反応こそが私の最大の喜びだ。
信は力なり。
来月は足底健康法のキャンペーンを各お店ですることが決定した。
といっても、常にしていることではあるのだが
キャンペーン用のポップをラミネートしながら
ふと懐かしく感じた。
設立当初はラミネートなんて業者さんに頼まないと出来ない代物だった。
いつもコピー屋さんに走って行き、お願いしていたものだ。
それが徐々に機械も出来て、自分たちで出来るようになった時は感激だった。
今、一つ一つをラミネートにかけながら、お客さんが沢山来てくださるイメージをしている。
そして、生き生きと働く皆の顔を想像していると、この単純な作業が
とても楽しい。
どうか、沢山の人が喜んでくれますように。
有難うございました。
自分のことしか考えていない人っているのかなぁ?
とふいに思うことがある。
毎日目を通す日報には、お客様に感謝、仲間に感謝
そんな内容が増えている。
本当にありがたい。
盛りだくさんの温かいコメントや報告。
そこにふと冷たいコメントを見つけたとき、
本当にこの人はこんな気持ちなのだろうか?
と思ってしまうことがある。
お人よしで言ってる訳ではない。
ご機嫌取りで言ってる訳ではない。
素直にそう思う。
「私はもうかかわらない!後は知りません!!」と書いてあったコメント。
でもその字からは、淋しさと優しさが感じられた。
一度悪態を見せたり、嫌なことを言い争うと、その人の欠点しか目に付かなくなる。
その人の人格さえも否定してしまうこともある。
本当にそれでいいのだろうか。
それで仲間の健康と幸せ、自分自身の健康と幸せを叶えることは出来るのだろうか?
私はどんな人にも、素晴らしい長所があると思う。
ただ、自信がないから自分を信じられないから殻に閉じこもってしまう。
その人の持っている素晴らしいものを引き出すこと。
これを仕事とさせて頂いていることに、感謝している。
その人のよい面を見出すことが、リーダーとして最も大事なことではないだろうか?
『智恵を出す』といっても
中々でてこないもなんですねぇ~。
皆には『いざとなったら智恵を絞れ~』と言うのが、口癖になっているのですが
いざ自分の事になると、これがなかなか難しいことに気づく。
まだ難しいと言っている間は、実は思っているほど悩んでいないのですね。
このことに気付きました。
本当に追い込まれたら、
出て来るんですよ。
智恵が・・・・・
志が高ければ高いほど、追い込まれるし、高い壁にブチあたってしまう。
その度に挫折と煮え湯を飲み、
やっとのことで光を見出すことが出来る。
この光こそが『智恵』
自らが経験し、体験することから智恵が生まれる。
全ては情熱を持ってして、この問題に立ち向かうことが出来るかどうか?
智恵の扉を開く鍵は
全てを賭けれる情熱、培った知識、経験、から生まれる。
秋は
食欲の秋。
読書の秋。
と言いますが、
私にとっては実りの秋かな。
色んな課題を与えていただくことが増えている。
皆さんは如何でしょう?
課題は成長の為のエネルーギーとなり、
吸収すればするほど大きく大きくなっていく。
私の周りに大きな大きな課題を与えられている
素晴らしい人が増えている。
私もまた、その人から課題を頂く。
本当に有難い。
心が折れそうなときは支えてくれる。
傲慢なときは知らしめてくれる。
こんな有難いことはない。
もっともっと感謝できる様、心磨き、
皆で笑いあえる
そんな環境になることを創造したい。
日本に帰ってきて、大物俳優の死去のこと聞きました。
今日もまた一人逝かれた。
私は、人間は死んだときにその人の評価がなされると思っている。
私の父は、18年前に49歳という若さで、死んでしまった。
多くの方に参列してもらい、後から聞いた話だが、訪れて来て
くださって方々の列が800メートルも続いていたそうです。
一介のサラリーマンだった父に何故それほどの方々が訪れてくださったのか?
地位や名誉といったものではないことは確かだった。
葬儀では会う人あう人に「良い人だった」「お世話になった」と言ってもらった。
その時はじめて、父の偉大さを知った。
そのことに気付くのが遅すぎたと思っていた。
18年たった今、人から惜しんでもらうことの出来る人の素晴らしさを実感している。
地位や名誉もない父がそこまで多くの人に愛され、生かされていたこと。
本当に素晴らしい父だったと思う。
まだまだ足もとにも及ばないが、
自分が生かされていること。
それに感謝し、目的を果たしていこうと思います。
愚痴を言わず
与えられたこと
全てに感謝。
旨くいかなかった時に
不平不満の愚痴をエネルギーに換えて生きている人が沢山いる。
そう、人の悪口を生き甲斐にしている人。
しかし、そこからは何も生まれない。
うさを晴らしているだけで、自分を満たすものは不平不満。
これは麻薬と同じ。
身を滅ぼす。
因果応報である。
必ず自分に返ってくるはず。
そんな生き方より
どうせ返ってくるなら、良いほうが良い。
だから、正しい生き方をするべきである。
良いことの循環も
悪いことの循環も
同じように起きるのが
この世の法則だと思う。
全ては自分の心が決めること。
このことを忘れずに生きたい。
只今、帰ってまいりました。
無事に帰って来られて感謝します。
先月、今月とタイのhanaの人員変更、引き継ぎでの出張でした。
私は、今回の出張で、人に支えられていることを改めて実感しました。
言葉も、習慣も違う国で、仕事をしていくには、自分ひとりで、ましてや
己の考えで進めることは、まず無理です。
物事には順序があるように、国々によって考え方も違います。
ただ大事なのは、共通する思想、想いが同じであるかどうかです。
それがあれば、どんな場所でも、想いを同じくして共鳴できるのです。
タイでお世話になっている、日本人企業のT社長。そしてN社長。
快く協力いただき、感謝いたします。
有難うございました。
これからもよろしくお願いいたします!
また、今回、タイhanaの目的が明確になりました。
話は変わりますが、私がタイに行くと度々クーデターやデモに遭遇します。
不思議なくらいに滞在中に起きたり、激化するんです。
その度に、お客様の足は遠のき、スタッフは暇な思いをしていました。
今回もそうでした。
タイに到着して早々、デモ隊と警官隊の衝突で大変なことに。
「私は行くと良くないことが起きるなぁ~」って思っていたんです。
そんな中、全体ミーティングをしました。
皆の、暗い表情、やる気のなさがありありと解りました。
ただたんに、仕事がないから、お客様が来ないからかと思っていましたが
話を聞いて解ったことがありました。
それは、確かにお店が暇なこともあるのですが、それよりもデモをして
もめていること、死者や怪我人が出ていることが一番さみしいと言っていました。
その言葉、「ハッ」としました。
彼らは、タイの国に対しの誇りを失いかけている・・・
そう思いました。
そう思った時、自然と言葉にしていました。
「皆でタイの国を良くしよう」
突然の言葉に、私自身もビックリしましたが、思わず言ってました。
確かに、自分たちの力は微力である。
しかし、会う人、周りの人に、タイの国の素晴らしさをアピールするをしていけば
少しづつでも変えていけるはず。
そう思えたのです・・・・
これは日本も同じことだと思うのです。
今の日本は、目を覆いたくなるような事件が新聞やテレビで報じられている。
これが本当に私たちの国なのでしょうか?
ましてや、そのことを当たり前のようにして世の中は流れていく。
これが当たり前なのでしょうか?
私は、一人ひとりが、この仕事を通して安らぎを提供していければ
変わると思っています。
すぐにとかではなく、ゆっくりと、ゆっくりと、浸透していくと思います。
今回、日本人としての自覚の無さを教えられたような出張でした。
今、事務所でお店の日報を見ています。
日報に、悲しいコメントが書かれていた。
神戸のN店。
労災も無い、ただ単にピンハネされているだけ・・・・
そう書いてありました。
労災の件は、皆、話してくれているのだろうか?
働き甲斐を見出す仕事は出来ているのだろうか?
また、大事なヒントと気付きを貰える予感です。
さて、皆さん。
日本を、素晴らしい国と誇りを持てるようにしていきましょう。
有難うございました。
今日、ミーティングだった。
皆の顔は疲労感で漂っている。
無理もない。
先月からのオープン準備、開店と休みなく頑張ってくれたから。
皆には「お疲れさん」と労いの一言をかけるべきだったのか?
その一言が言えなかった。
どうやら、原因はそれだけではないようだ。
マネージャー間の人間関係。
信頼関係が欠落しているように感じた。
これは悩みの三大要素の一つである。
人間関係とはそもそも、相手を受け入れられないことから起きること。
これが原因になっていることが多数である。
私たちの仕事は、遣り甲斐を追求すること。
つまりは働き甲斐を提供することである。
その仕事をさせていただいている。
それなのになぜ、こんな問題が起きるのか?
自らを受け入れることの難しさがうかがいしれた。
私は人間の成長は、大きな問題を克服し、そして感謝することから始まると思う。
そう信じている。
そもそも、大きな問題は、自分自身が成長するために設定した、
いわば自身成長に必要な問題集だと思う。
この問題集の解答は本当は知っている。
ただ忘れているだけ。
記憶をなくして、新たに取り組むためにできていると思う。
問題集は人それぞれに違って当たり前なのだ。
だから、人のせいにはしてはいけない。
「あの人がいるから」や「こんな環境なんて・・・」と不平不満を
募らせるのは、違うことが解る。
人のせい、環境のせいにするのは、成長することを放棄したことになる。
そうあっては、何のために生きているのか、
つまらなくするのは自分自身なんです。
どうか、受け入れる勇気と、愛する気持ちを忘れずに
一所懸命。
一所懸命。
感謝し
許し
自分を信じていきましょう。
子は親に
産んでもらったから
育ててもらったから
苦しい中から学校へやってもらったから
財産を貰ったから
などの為に孝行しなければならぬのではありません。
親に孝養を尽くすことは
自然の摂理
法則にしたがった子として当然の義務であり
人間として成長していく為の糧であります。
親より子
子より孫と
代々栄えることのできる施肥と同じであります。
この言葉
いったいどれほどの人が実行しているのだろう。
親が子を殺す時代。
また子も親を殺す時代。
こんなニュースが嫌でも目に入ってくる。
そのたびに、悲しい気持ちになる。
親が子供を殺したいと思うときってどんな状況なんだろう。
自分では想像もつかない。
仕事を通して、仲間を想い、自分を尊く思える
そんな人になって欲しいと、心から願う。
悲惨なニュースより、嬉しいニュースを一杯聞きたい。
今、岐阜から帰ってきました。
帰りは高速で事故をしていたので、少し時間がかかりましたが
その分、サ-ビスエリアでゆっくり休めたのでよかったです。
しかし、運転するのが年々疲れるのは体力が落ちてきた証拠ですね。
今回の岐阜は、先日オープンしたお店の人材の発掘に出かけたのですが
その際に私の友達の社長にも力を貸してもらい、またその社長の友達にも更に
力を貸して頂き、本当に感謝しております。
初対面でありながら、すごく気さくに話して頂き、親身になって考えて頂いたこと、
私も見習わなくてはいけないと、深く感じました。
しかも、晩御飯までご馳走になってしまい、本当にありがとうございます。
やはり、お店を地方に出す場合、しっかりと地元の方々の考えや、生活リズムを
少しは理解しなくてはいけないと、今回の件で学ばせて頂きました。
何人かの方に、募集の話をしてみましたが、皆さん凄く素直な方で
なにか期待できる予感がしました。
是非、チャレンジしてみて下さい。
またあえる日を楽しみにしています。
今日、食事をレストランでしていた時に目にとまったものがあったので
紹介します。
あたりまえ
あたりまえ こんなにすばらしいことを
みんなは なぜ喜ばないのだろう
あたりまえで あることを
お父さん、お母さんがいる
手が二本あって、足が二本ある
行きたい所へ自分で歩いていける
手を伸ばせば何でも取れる
音が聞こえて、声が出る
目が見える
こんな幸せがあるでしょうか
しかし、だれもそれを喜ばない
あたりまえだと 笑ってすます
食事が食べれる
夜になるとちゃんと眠れる
そして
また朝が来る
空気を胸一杯すえる
笑える
泣ける
叫ぶこともできる
走り回れる
みんな あたりまえのことを
こんなすばらしいことを
みんなは決して喜ばない
そのありがたさを知っているのは
それを失くした人たちだけだ
なぜでしょう
あたりまえ
と書いた一通のプリント。
机の上にありました。
人間は、今の環境に慣れてくると、それが当たり前になる。
身近なものに感謝する気持ちを忘れがちになる。
そんな時こそ、お互いを励ますことができる、
気付きあうことのできる仲間でありたいと心から願う。
